敵地潜入


突然だが、私はサラリーマンである。

ここが重要である。

サラリーマンである私が、今日、会社ではなかなか味わえない体験をした。

敵地潜入。

まさにそんな感じだった。

 

出向先で仕事をしている私は、いつも5階で働いている。

今日はあまり人の来ない3階のマシンルームでの作業があったため、一緒に仕事をしている人と二人で、エレベータを使って3階へ降りた。

あっさりと作業を済ませた我々は、再びエレベータホールへ。

その時エレベータの表示を見ると、7階から降りてくるところだった。

喋りながらエレベータのボタンを押した私は、5階へ戻るつもりだったのに、下行きのボタンを押してしまっていたことに気が付いた。

慌てて上行きのボタンを押し直したが、下行きが取り消せるはずもない。

その直後、近づいてくるエレベータの中から人の声が聞こえてきた。

(このエレベータは、私が間違って押した下行きボタンに反応して止まるだろう。
 しかもこのエレベータの中の人が、このフロアで降りる可能性は低い。
 ここでエレベータの中の人と面と向かうのは非常に気まずい。)

そう考えた私は、咄嗟に「隠れろ」と言ってエレベータの脇の死角へ飛び込んだ。

私の言葉に反応して、もう一人も慌てて私のいるところに走る。

と同時にエレベータのドアが開いた。

しかし予想に反して、人が降りてくる気配。

これで見つかるとさらに気まずい。

隠れないほうがまだよかったか。

最悪だ。

「3階ですよ」

エレベータの中から神の声。

その声がした直後、降りかけた人はフロアを間違っていることに気が付いて、エレベータに戻っていった。

助かった...

二人とも、見つかったら殺されるかのような緊張感に包まれていた。

なかなか会社で味わえるものではない貴重な体験だった。

 

そういえば、そういうゲームで最近遊んだことがある。

敵地へ潜り込み、敵に見つからないように奥深くまで潜入するゲーム。

そうだ、それだ。その感覚だ。

今日の感覚はまさにそれそのものだった。

...もしかして、あのゲームは現実世界で他人に見つかった時の気まずさを表現したかったのではなかろうか。

気まずさという精神的なものの表現の難しさに挫折して、死という肉体的でわかりやすい表現に走ったのでは。

そうだ、きっとそうだ。

 

 −−敵地の奥深く−−

「あそこに見慣れない奴がいるぞ!誰だ!!」

「む、見つかった!」

「気まずい!!!」

...やっぱり違うな。

今思い出すと、あの緊張感は心地よい高揚感も生み出していた。

もう一度味わえないだろうか。

あの感覚。

今度どこかの敵地にでも潜入してみるかな...

 

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