ものいわぬもの


彼女は言葉を話すことができない。

歩くこともできるし、目も見えている。

耳も聞こえているし、声を出すこともできる。

ただ、声は出るのだが、言葉は話せない。

言葉が話せないと、

「コミュニケーションをとるのが大変だろう。」

とよく言われる。

でも、一緒に暮らしていれば、それほど難しいことでもない。

 

最近、彼女は怒りっぽくなった。

たまに私の知り合いを家に呼ぶと、異常なまでに怒り出す。

いったい彼の何が気に食わないというのだろう。

確かに口の悪い奴だが、彼女の機嫌を損ねるようなことは言っていない。

それなのに、この前などは彼を見た途端、大声で怒鳴りつけていた。

もちろん言葉になってはいなかったが。

それ以来、私の知り合いがこの家に来ることはなくなった。

でも、彼女自身は彼女の知り合いをよく連れてくる。

かなり納得がいかないが、私はもちろん追い出したりなどしない。

そのときは、私はいつも勝手口からそっと家を出る。

だから、彼女の知り合いは私が彼女と一緒に暮らしていることを知らないはずだ。

私の存在そのものにも気付いていないと思う。

 

その日私は、窓の近くのいつもの場所でうとうとしていた。

窓から差し込む太陽の光と熱の中で、ぼうっとしているのが心地よかった。

(今日はこのままごろごろしていよう。)

私はそう決めた。

しかし、せっかく決意したところなのに、彼女の知り合いがやってきたようだ。

玄関の方で物音が聞こえる。

私はどうやら神経が過敏になり過ぎているようで、わずかな物音でも聞き漏らすことはない。

(もう決めたのだから、今日は家を出ないでここにいよう。)

彼女の知り合いが、初めて私を見たときの反応は気になるが、そう決心するとなんとなく堂々とした気分になる。

―――しばらくすると部屋のドアが開いて、彼女とその後ろから彼女の知り合いが入って来るのが見えた。

彼女の知り合いの穏やかそうな風貌に私は少し安心したが、まったくの初対面でどう挨拶をしていいものやら、私は随分戸惑った。

しかしそんなことを気にとめる必要はなかった。

彼女の知り合いは私の存在に気付いた途端、私の方を指差してこう言った。


「コノネコナンテナマエ?」


どうやら彼女の知り合いも言葉を話せないらしい・・・


 

 

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